*重ならない視線
朝から怪しい空模様だった。雨具を用意していなかったのは迂闊といえる。 博士は森の中を一人で歩いていた。天上から落ちてくる冷たい雨がその身を容赦なく濡らしていく。 重く肌を伝う雫が体温を奪う。 こんなときに頼りになるはずの助手とは、今日は別行動だ。 なんとか、雨を凌ぐ場所はないかと周囲を窺うと、木々の合間から建物らしきものが見えた。
タオルを差し出され、受け取る。髪から滴る雫を拭い取る。 「急な雨で、助かった」 「礼には及ばん。困った人を助けるのは、正義の味方で、吸血美少女である以上、当然のことだ」 胸を張って告げるのは、この建物の主らしき少女だった。アッシュピンクの髪に白く滑らかな肌。美しく愛らしい容貌。 少女は「吸血美少女のルー」だと名乗った。 「観光、ではなさそうだな」 博士は手荷物らしきものは持っていない。何より、この辺りは観光名所と言えるものはない。 何の用で、森の中をさ迷っていたのか。 問われて博士は口元に弧を描いた。 「何もない、と思われるところにこそ、案外、良いモノがあったりする」 博士の視線はルーの横顔に向けられる。 博士がこの建物に入ってから、少女と出会ってから、一度たりとも重なることのない視線。少女は頑なに、博士と目を合わせることを拒む。 重い沈黙が両者の間を流れた。
「あぁ、すまないが、写真に映ってくれないか」 緊張をはらんだ空気が、一瞬に解ける。 博士はどこからか、カメラを取り出した。 「写真を撮ってこないと、私と、質の良い眼球との遭遇率が下げられてしまう。眼球を人質にとられては、従わざるをえない」 それを強要されたときのことを思い出して、博士は首を振る。まさか、そんな卑劣な手に出てくるとは思ってもみなかった。 「なるほど、この吸血美少女ルー様と記念撮影をしたいと? そこまでいうのならば、仕方あるまい。特別に写ってあげよう」
カシャリ
「これで、一先ず、私の行く末は安泰だ」 博士は安堵の息をついた。
*****(文:久渚遊衣) 参加ありがとうございます。イラスト状況から、短文を書かせていただきました。吸血美少女の口調があまり上手くいっていませんが(汗) 後半の写真撮影の話は、企画説明漫画と関わっています。 |