*星祭り
星の瞬く、騒々しい夜だった。 年に一度、行われる祭り。人々は、ほんの一時、現を忘れ一夜の祭りを楽しむ。 通りの脇には屋台が連なり、香ばしいにおいや、甘い香りを発している。 そんな人が溢れる通りを並んで歩いているのは二十手前頃の青年と、まだ幼さが残る顔つきの美しい少女だった。 無地の着物を身に纏った青年は、長く伸ばした黒髪を後頭部で一本に結んでいる。整った顔に浮かぶ穏やかな笑みはすれ違う人を一瞬、虜にしていた。 一方の少女は、華やかな色の着物を纏い、二つ結びにした髪を流している。楚々とした美しい少女は青年の半歩前を歩む。 兄妹にしては、二人の間に漂う空気が微妙に固く、恋仲にしては親しさがない。 人波の間を縫うようにゆっくりと進む二人。 その目は屋台を追うものの、特に興味を惹くようなものはないのだろう。足が止まることは一度としてない。 不意に、青年が少女の前に出て手を差し出した。一瞬、訝むように少女が眉を潜める。 「キリィ……足元にご注意を」 優しい笑みで注意を促す。少女――カナンリルドの魔術師であるキリィ・ヴァンデインは僅かに視線を落として、そこに段差があることを確かめた。 目ざといというか、気にするほどの段差でもないというのに、先行くキリィよりも先に段差に気がつき、エスコートする。 まだ二十も生きていないというのに、女性の扱いは余程のものらしい。 呆れるよりも感心しながら、キリィは青年の手を取った。 青年は、キリィが段差を上がるのを確かめると、足を進めだす。今度は、キリィよりも半歩前を歩く。 「晴明」 「はい」 名を呼べば、振り返る青年――安倍晴明。 その顔に浮かぶのは、穏やかで優しい美しい笑み。見るものを虜にし、魅了する魔性の笑み。あまりにも自然でそれが当たり前としか思えない笑み。 だが、自然すぎてあまりに不自然だと、キリィは思う。その笑みは、自然に見えるよう、全て計算しつくされたもの。周囲の人間の目に、その笑みがどう映るのか知った上での、計算された笑みなのだろう。 「喉が渇いた」 「では、こちらへ」 人ごみの中を掻き分けるように進む。 混雑した道。それなのに、キリィの身体に人がぶつかることはない。晴明は自分の身体を盾にすることで、キリィが人にぶつかることを防いでいるのだろう。 この優しさが、少しでも彼の式神たちに向けられれば――そうなることはおそらくないであろうことを思い、ひっそりとキリィは苦笑した。 人ごみを抜けて辿り着いたのは、人気のない静かな丘の上だった。背後の喧騒は遠く、暗闇が宿るためか、人の姿は他にない。 「晴明」 まさか、不埒な事を考えているのではと軽く睨む。晴明は心外だと、笑みを濃くして、 「どうぞ」 晴明がどこからか取り出したのは、冷たい甘水が入った竹の筒だった。 一体、いつの間にと思ったが、使う式神が多くいる晴明のことだ。持ってこさせたに違いない。 草の上に布地を引き、晴明は座るように促す。 キリィは示されるがまま、そこに腰を降ろした。晴明は竹筒を差し出す。キリィはそれを黙って受け取った。 冷やされた甘水は、心地良く喉の奥へと流れていく。 「星が」 晴明がぽつりと呟いた。その視線は天上に向けられている。 つられて顔を上げれば、飛び込んできたのは輝くばかりの星空だった。 「星に何を視る?」 天文生である晴明は星を視、未来を視る。この星空は、晴明に何を伝えているのだろうか。 晴明は目を細めた。 「明日は晴れるでしょう」 見当違いな応えに、キリィは一瞬目を見開くが、小さく笑いをもらした。
星たちの天上での祭りを、二人は並んで座りながらいつまでも眺めていた。
*****(文:久渚遊衣) 参加ありがとうございます。相当、場面が適当ですが(汗) ひたすら女性に甘い晴明さんを書いてみました。いつもこんなんだったら、天清や凰扇が楽なのにね。 |